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「世界はことばでできている」①

 研究者は、その研究成果によって学問領域を一歩でも二歩でも前に進めることを使命としています。その一方で、研究が研究者の世界(「学界」などと呼びます)だけのものにならないよう心がけなければなりません。つまり、それぞれの研究の価値や面白さを社会と分かち合うという意識が必要なのです。このような社会に対する還元をはかる活動を「アウトリーチ活動」といいます。

 私は中国やタイなどに暮らす、「少数民族」と呼ばれる人びとの暮らしや文化の解明を研究テーマとしています。今回はアウトリーチ活動の一環として、駿河台出版社の「世界はことばでできている」という企画に「ワ族」という少数民族についての連載をしています。教員の研究活動の一端を知ってもらうため、何回かに分けて紹介したいと思います。

(日本医療大学 山田敦士)

 

ワ族のことば(1)

 「ワ」や「ワ族」という名称は日本では全く馴染みがないものか、あるいは「和」や「倭」を連想させるものかもしれません。中国雲南省西南部からミャンマー連邦シャン州東部の山地部に暮らすこの民族集団は、中国から東南アジアの地域事情の中において、「首狩り」や「麻薬」、「ゲリラ」といった負のイメージをもって語られます。しかしながら、こうしたイメージはワ族の生活文化実態のほんの一部にしか過ぎません。そこで、これからワ族の実態についてお伝えしていきます。

 

ワ語とは

 言語系統の観点から、ワ族の言語(ワ語)はモン・クメール語族というグループに分類されます。モン・クメール語族とは、カンボジア語(クメール語)とミャンマー連邦で話されるモン語のほか、多くの少数言語を含む大語族です。これらの言語群のうちもっとも北側、ちょうど北回帰線のあたりにワ語は分布します。

 実のところ、ワ語は単一の言語とはみえないほど、大きく分岐しています。村同士が少しずつ異なり、地域の端と端では相互通話さえ困難になります。ここでは、最大の支系集団(パラウク)の言語にてワ語を代表させておきましょう。

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【パラウク・ワ族の家族(雲南省滄源県)】

 さて、ワ族は自分たちの言語をどのようにとらえているのでしょうか。その一端を示す、こんな言い回しがあります。

Man hox on kaing man rāog,  lāi rāog yīe kaing lāi hox

(布、漢族、柔らかい、~より、布、ワ族  文字、ワ族、簡単な、~より、文字、漢族)

「漢族の布はワ族の布より柔らかく、ワ族の文字は漢族の文字より易しい」

 この言い回しは「それぞれに優れたところがある」という文意を表わします。社会・文化的な表象として考えさせられるところがありますね。

書き言葉:無文字から多文字併存へ

 ワ族は、長い文字伝統をもつカンボジア語やモン語などとは異なり、表記習慣をもたない、いわゆる無文字社会の状態にありました。しかし、20世紀以降、タイ系民族や漢族、さらにはキリスト教宣教師などを介して、様々な文字表記がもたらされています。今日、ワ族社会全体では、3タイプ(ローマ字、タイ文字、漢字)の文字による、実に6種類の文字表記体系が存在します。

 先に紹介した言い回しはこのうちの一つ、中国国内のワ族の正書法とされる表記法によって記しました。この表記法は、声門閉鎖音を表わすxなどを除くと、例えばgが無気軟口蓋閉鎖音でkは有気軟口蓋閉鎖音といったように、中国語のローマ字転写法(ピンイン)の仕組みを取り入れています。

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【エイズ予防局の表札。漢字にワ族正書法が付記されている(雲南省滄源県)】

 さて、上記の言い回しですが、どうももう少し意味があるような気がしてなりません。この表記法はローマ字によって表記されるため、文字種の多い漢字に比べ、確かに容易な体系といえます。しかし、ワ族の日常においてこの表記法が使われる場面は皆無といってよく、読み書きできる人もほとんどいません。社会生活を営むためには、まずは漢字。言い回しにはその困難な漢字習得をしなければならないという悲哀が込められていると感じます。

*写真および文章について、無断転載を禁止いたします。

「世界はことばでできている」(駿河台出版社)について、詳しく知りたい方は下記URLへ

http://www.e-surugadai.com/surugadai-selection/